短歌(8/17掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】


雨に濡れ艶やかさ増す紫陽花に紫色の雨の匂いが   石巻市蛇田/菅野勇

【評】感覚的な一首。晴れの日の紫陽花と、雨の日の紫陽花は違う表情をしている。花の色が日が経つにしたがって変わってゆくので、別名「七変化」とも呼ばれている紫陽花。この歌は、下の句にある捉え方が魅力。「紫色の雨の匂い」という感受表現は、紫陽花が雨を得て美しく咲いていることだけを言うのではなく、紫色の紫陽花が醸し出しているものを受け取って詠んでいる。昭和100年の今年、作者が見ている紫陽花は昭和の匂いを纏っているようにも感じられる。


畑にて妻と二人で仕事中妻はやさしく野菜と会話す   東松島市矢本/奥田和衛

【評】やさしくて温かい作品。野菜と会話している妻のことを見ている作者のまなざしのやさしさ。二人で畑仕事ができることに感謝しながら、野菜に触れ土に触る。夏の暑い日であれば、畑に育っている野菜を励まして声をかけているのかもしれない。今、さまざまに変化している現代短歌であるけれど、実はこのような素朴で心のこもった作品にこそ、短歌の本質があると私は思う。


復興の新しき町どこなのかとふるさとと地図こころにたわむ   石巻市開北/ゆき

【評】記憶の中にある「ふるさと」と、現景としての新しい町。「こころにたわむ」の表現は作者の切実な声である。東日本大震災から14年が過ぎた今「どこなのか」という心情が、被災の事実と惨を伝える。


夏風邪の吾(あ)につくりくれし母の粥煮干しの二尾の幼き記憶   東松島市矢本/川崎淑子

【評】幼い頃の記憶がふとよみがえって、母のことを思う作者。「煮干しの二尾」が懐かしいこの夏。「母の粥」は、今も作者の心の栄養だろう。


父母呼べば木霊は返す元気かと逝きていまなほ子供ら思ふ   石巻市あゆみ野/日野信吾

億年の海は光りぬ夏の陽に遠くは青く小波(さざなみ)白く   石巻市駅前北通り/津田調作

一粒の米の存在有り難し昭和生まれは糅飯想う   石巻市不動町/新沼勝夫

術後初外来の日は台風で経過と進路どちらも気がかり   東松島市矢本/菅原京子

たんぽぽの夢はまあるく整いて綿毛は風を読む位置につく   東松島市矢本/田舎里美

庭石のじんわり届く異常熱打ち水うてば江戸風情なり   石巻市桃生町/佐藤俊幸

もう買わぬと決めた一つの登山靴山はあるのに山は聳えて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

言葉ひとつうかばぬ夜にまた録画を再生す「戦火のホトトギス」   石巻市流留/大槻洋子

青空になびくシーツはひらひらと白く輝く流線描きて   石巻市向陽町/林幸治

エサ台に遅れた一羽に仏壇の下げ忘れたる古古米ふるまう   東松島市赤井/佐々木スヅ子

蝸牛紫陽花の葉に宿かりて見ればみるほど可愛さつのる   石巻市桃生町/千葉小夜子

穏やかな今日でありたいいつの日もおだやかな心それさえあれば   東松島市矢本/畑中勝治

すいかずらの甘い匂いにさそわれて今日の散歩は山ぞいの道   石巻市高木/鶴岡敏子

生きるって今日と今日との積み重ねひまわり畑迷路のごとし   石巻市流留/和泉すみ子