河北新報特集紙面2017

2018年4月6日 地元の海に寄り添い生きる誇りと喜びを学んで。

地元の海に寄り添い生きる誇りと喜びを学んで。

生産者との交流を通じて食の魅力を発掘し、全国に発信している「東松島食べる通信」編集長・太田将司さんとともに漁業が盛んな東松島市を訪ね、産地の恵みと若き担い手たちの思いに触れるバスツアーを開催しました。今回は、600人以上の応募が集まる人気に。実際に生産の現場を見学したり、漁師の皆さんと気さくな会話を交わしたりと、参加者の多くにとって新鮮な体験がめじろ押しとなりました。さらに、7年を経た被災地の現状を肌で感じながら、今だからこそ抱くべき郷土愛や食の魅力について知る機会にもなったようです。

一枚を手作りする感動とともに活気に満ちた生産現場を視察

 春の兆しがほのかに感じられる快晴の朝、2台のバスが仙台駅を出発し、東松島市を目指しました。堤防工事が進む大曲浜の乾海苔共同加工施設に到着すると、太田さんがお出迎え。まずは、午前中の行程を案内してくれる海苔漁師の津田大さんと、矢本浅海漁業研究会の相澤裕太さん、三浦正洋さんらを紹介しました。若者らしい爽やかな語りかけに、参加者の表情も自然に笑顔。津田さんは、「海苔養殖は、海の農業」と例えながら、生産方法や収穫時期などを分かりやすく説明してくれました。最後に、太田さんが「漁師たちへ、気軽に話しかけてくださいね」という言葉で締めくくると、体験ツアーがスタートしました。

 参加者は2つのグループに分かれ、施設見学と海苔作り体験を行いました。見学グループがまず驚いたのは、収穫した海苔を貯める大きなタンク。その先へ進むと、異物やごみを取り除くための洗浄機がいくつも稼働していました。さらに大きな音の先へ訪ねると、海苔の成形と乾燥を自動で行う装置が。普段見慣れている形の海苔が次々と流れている生産ラインを眺める参加者。「1時間に1万枚の海苔が生産されているんですよ」と説明すると、みんな驚きを深めていました。

 建物の外では、昔ながらの方法による海苔作りにチャレンジしました。包丁で細かく刻んで真水と混ぜたバケツの中の海苔を升ですくい、木枠に流し込んで簀の子の上で成形。スポンジの板を押しつけて水分を取り除いた後、天日干しにします。津田さんが「皆さんが作ったMY海苔は、できあがり次第お送りしますね」と言うと、参加者から歓声が沸き起こりました。

加工施設の生産ラインを見学 ほど良い厚みに仕上げるのにコツがいる海苔作り体験

東松島が誇る名物グルメでより海苔のおいしさを実感

 見学と体験の後は、矢本地区の「ちゃんこ萩乃井」へ向かい、店主の大森宣勝さんが手掛けた話題の“のりうどん”でランチタイムを堪能。開発の成功に重要な役割を担った海苔を生産している相澤太さんも合流し、一緒にその独特の風味とのど越しを楽しみました。また、鹽竈神社で毎年行われている皇室献上海苔を決める奉献乾海苔品評会で受賞を重ねる相澤さんと、今年一等賞の栄誉に輝いた津田さんによる自前の海苔のプレゼンテーションも披露。参加者は実際に食べ比べて味の違いを確かめましたが、「2人の個性や海苔作りの考え方の差が、そのまま味わいにつながっていますね」という太田さんのコメントに、会場の誰もがうなずいていました。

相澤さんと津田さんのプレゼン後、自慢の海苔を食べ比べ

漁師たちの声に耳を傾け仕事にかける情熱に触れて

 「東松島あんてなしょっぷ まちんど」でお土産選びを楽しんだ後、2台のバスはそれぞれの目的地へ。1台は、東名浜で盛んな牡蠣養殖の現場を訪ねました。漁港で待っていたのは木村幸喜さんと父親の喜久雄さん。牡蠣養殖における一連の作業の流れを学んだ参加者はライフジャケットを装着し、漁船に乗り込みました。小島が浮かぶ穏やかな海域には、無数の養殖筏(いかだ)が浮かんでいます。幸喜さんが1本のロープを引き上げると、牡蠣の幼生を付着させるための苗床が現れました。さらに、漁港に戻って、この苗床づくりにもチャレンジ。太いロープのよじれを少し解いてホタテの貝殻を等間隔に挟み込んでいきます。これから本格的に牡蠣養殖を始めるためのお手伝いができました。

船上で牡蠣の苗床を引き揚げる幸喜さん つぶさに漁網を調べながら補修が必要な場所に紐付け

 もう1台のバスは、浜市地区の大友水産へ。定置網漁師の大友康広さんと祐神丸で苦楽を共にする乗組員2人が一行の到着を待っていました。大友さんは、お魚マップを手に、漁場と旬ごとに獲れる魚種の違いを説明。そして、実際に使用している漁網へ参加者を導きました。参加者たちがそれぞれ端を持って広げると、たちまち空き地いっぱいに。大友さんたちの指導の下、破れた部分を探して目印の紐を結び、補修作業を手伝いました。乗組員の2人は、専用の道具を使った修理も実演。その手際の良さに思わず感心の息がもれていました。また、漁業はもちろん、さまざまな場面で役立つ“もやい結び”も紹介。大友さんが出来をチェックしながら、全員が結べるようになるまで続けました。  綿密な取材による豊富な知識や生産者に寄り添って得てきた厚い信頼を生かし、今回のバスツアー参加者とのマッチングに努めた太田さんは、「ほとんどの方にとって、漁師はそれほど身近な存在ではないと思いますが、普段口にしている海の幸がどんな信念を持った担い手によって生み出されているのか、気軽な交流を通して知っていただく良い機会になったと思います」と語ってくれました。

ガイド役を務めた「東松島食べる通信」編集長の太田さん

 

地域の食文化体験バスツアー 参加者の声

山形県山形市

佐藤 紀子さん(左)

鈴木 順子さん(右)

 東松島市の印象は、いつも食べている「海苔」でしたが、海苔作りの体験を通じて、あらためて身近に感じる食べ物になりました。さらに今回のツアーに参加し、「牡蠣」、そして「人」と「笑顔」のイメージが加わりました。また、牡蠣養殖の作業の大変さも分かりましたので、職場や周りの方々を連れて一緒に食べに来たいと思っています。「食べる通信」の取り組みにも感銘を受けましたので、身近な人に広めたいと思っています。(佐藤さん)

 東松島市に初めて訪れましたが、実際に震災後活動されている生産者と会うことができてとても良い機会となりました。今後は、震災後の現状を知らない地元山形の人たちに、今日見たことを一人でも多く伝えたいと思っています。また、いつも食べている牡蠣ですが、今回挟み込み作業を体験し、生産者の方々の思いを知ることができましたので、これからは食に感謝して味わいたいと思います。(鈴木さん)

仙台市青葉区

前園 太一さん(左)

角田市

遠藤 南奈さん(右)

 東松島市の海苔が全国的に有名であることを今回のバスツアーで知り、宮城県民としてとてもうれしく思いました。漁師さんたちも生き生きとした明るい表情が印象的で、作業を教えてくれた方々の対応も優しかったです。特に、もやい結びを教えてくれた大友さんの姿が、とてもかっこいいと感じました。このような地元の魅力を知ることができる取り組みがあれば、また参加してみたいです。(遠藤さん)

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