河北新報特集紙面2012

2013年2月27日 河北新報掲載

被災地視察バスツアーレポート vol.4 わたしたちに今できることは何か 動いて 広げた 深めた。

被災地を訪ねることでわかりあえることがある。

今できることプロジェクトは2月18日、4回目となる「被災地視察バスツアー」を実施しました。今回は気仙沼市と南三陸町の被災地を訪ね、被害を受けた水産加工業の復興に向けた取り組みや、仮設商店街の課題を伺いました。

【気仙沼・石渡商店】

フカヒレ守るため ライバル業者と連携

56年の歴史を持つ石渡商店。一人の従業員も解雇することなく、再建に向かって取り組んでいる

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気仙沼のフカヒレ業者石渡商店は、震災で事務所・工場・倉庫が全壊しました。しかし、すべてを失いながらも3月のうちに再起を決意。気仙沼のフカヒレという世界的なブランドをなくすわけにはいかないという強い思いがあったと言います。業種の違う被災企業数社とともに、事業再建への出資と寄付を募る被災地応援ファンドに参加して資金を集め、新工場建設に踏み切りました。
以前は競合だった業者同士が、石渡商店専務久師さんの呼びかけで「ふかひれブランドを守る会」を立ち上げ、商売ぬきで連携して、フカヒレ文化を守るため活動しています。「2年経って、自分たちで一人立ちして動き始める時期に来ている。人のつながりを大切にして、気仙沼に来てもらえるような仕掛けをもっとつくっていきたい」と話します。

【気仙沼復興商店街 南町紫市場】

仮設から本設へ これから先こそ難問

気仙沼復興商店街「南町紫市場」。気仙沼市南町や魚町で営業していた54店舗が元気に来訪者を迎える

坂本さんが話しているのは紫市場の2階にある「割烹 世界」の店内。かつて壁一面に蔦が生い茂っていた、1929年創業の老舗料亭だ

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ほとんど跡形もなく壊滅した、歴史のある商店街。約160店あったうち、54店舗が、この仮設商店街に入りました。
「皆さんに来ていただき買っていただいて、2012年の売上げはおかげさまで好調でした」と話すのは気仙沼復興商店街副理事・坂本正人さん。しかし気仙沼では今住民の転出が続いています。商店にとって、人が減るのは深刻な問題。「この仮設も最長5年間で出ていかなければならない。昔の長屋風に商店が集まって、スーパーも入って、復興屋台村の人たちとも協力しあって本設できれば」と坂本さんは考えています。「それまでは、ここでがんばっていくしかない。イベントなども行って、たくさん来てもらえるようにしたい。3月には、大きいイベントも計画している」と意気込みを聞かせてくれました。

【気仙沼魚市場】

市場だけ復旧しても 背後施設が課題

気仙沼の内湾周辺は、震災時の地殻変動による著しい地盤沈下が起きており、満潮時には海水が地面にのりあげる。引いた後も水たまりが残っているところがあちこちに点在する

株式会社カネダイ常務・佐藤俊輔さん(写真左)は、「危険に満ちた海で漁師さんが捕ってきてくれた魚を大切に食べてください」と話した

気仙沼の人たちに親しまれていた安波山。震災では多くの人が避難し、壊れ、流され行く街を見た場所になった。ここに立つと、あの出来事が紛れもなく現実だったと思わされる

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「世界的には漁業の規模は拡大しているのに、日本の漁業は、1989年をピークに半分以下に減っている」と話し始めた気仙沼漁協組合長・佐藤亮輔さん。全国の雄たる気仙沼漁業のリーダーとして日本の水産業の今を見据えています。
2012年、カツオの水揚げを中心に、大きく落ち込んだ前年を上回る漁獲量をあげた気仙沼漁港ですが、津波で損壊した岸壁の修復工事はまだ継続中です。「市場は港の岸壁ができて海側が戻ってもだめで、背後施設が復旧しないと船も入ってこれない」と佐藤さん。つまり水揚げした魚を保存する冷凍施設などがまだまだできていないのが現状。「この周辺が地盤沈下しているので、土地をかさ上げして、道路を引き直して、冷凍施設や工場をつくって進めなければいけない。これから先は少しずつ目に見える形になっていくはず」と、確実に課題を解決していく道を模索しています。

【南三陸町さんさん商店街】

福が興る市を 元気よく続ける

人口流出で商売がしにくい状況になっているが、商業が成り立たなければ、町全体の復興も成り立たない。南三陸町さんさん商店街の店主たちは、この難問に挑戦し続ける

福興市実行委員長の山内正文さん(写真右)は山内鮮魚店店主。副実行委員長の及川善祐さんは及善蒲鉾店店主。それでも自店のことより、いつも商店街全体のことを考えている

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南三陸町は大津波で壊滅的被害を受けましたが、地元商店街と町が手を取り合って再び幸せを取り戻そうと、「福興市」を毎月末開催してきました。南三陸さんさん商店街がオープンしてからは、ここがメインステージ。「町の復興にはまず商売が元気にならないとだめだ。課題はいっぱいあるが、とにかく走り続ける」と福興市実行委員長(山内鮮魚店)の山内正文さん。
副実行委員長(及善蒲鉾店)及川善祐さんも「我々が前に立って進まないと、その後が始まらない」と話します。1万7千人あった南三陸町の人口は、今1万2千人。「今後仮設を出て前と同じ店をつくっても成り立たないだろう。外から来てもらう観光の要素がいっそう大切になる。そしてそれに見合う新しい商品開発をどんどんしなければいけない」と力説していました。

参加者の声
明治安田生命保険相互会社仙台支社 小林利也さん

地場基幹産業である水産業だけではなく、商店街、病院などのインフラも含めバランスの取れた形で街を再建していく難しさを痛感しました。また、被災地支援は長期戦を覚悟し、被災地の皆さんと我々が双方向に働きかけあう協働というスタンスで臨む必要があると思いました。

(株)エイチ・アイ・エス東北・北海道事業部 伊藤龍一さん

今回のツアーで考えたことは、日本と中国は長い交流の歴史もあり、精神的に似ているところがあるが、中国人は日本人に見習うべきことがたくさんあったということです。昨今の大地震に対して、中国人のパニックと日本人の落ち着きは正反対といっても過言ではありません。日本人の震災への対応を学ぶことで、中国人の国民性に気づくいい機会ではないかと思います。

宮城第一信用金庫 髙橋明彦さん

被災地・被災者支援として今、金融機関として、どのような対応が可能であるかを学びたいと思っていましたが、個々に対する対応は可能でも商店街のような団体には対応が非常に難しいことを痛感いたしました。いろいろな方々のお話を聞いて、勇気を頂きましたので、震災を風化させずに今後も地道に被災地・被災者支援を行っていきたいと思います。

三井物産(株) 東北支社 田辺創一さん

フカヒレ加工業者の新工場や仮設商店街など着実な復興の証が見られるものの、約2年という歳月が経っているにも拘らず、未だに被災地の大半は荒涼として何もない状態のままであることに少なからず苛立ちを感じました。仮設商店街でのお話に、復興への厳しい道のりを思い知らされた一方、復興に向けた不屈の精神も感じ、視察した我々が大いに勇気付けられました。

(株)エイチ・アイ・エス 石田愛理さん

もうすぐ2年もたつのに瓦礫が片付いただけで、とても復興とは言えない状態を目の当たりにしました。そんな中、仮設商店街の方が、「町を元気にするには、商人が元気にならなくっちゃいけない」とお話しされていたシーンがとても印象に残っています。私よりもっとつらい立場のはずの方がこれだけ気丈にふるまわれていて、心ゆさぶられました。

宮城第一信用金庫 櫻井仁史さん

復興に立ち向かい戦っている方から直接お話を聞いて、まず、行動を起こし、実行に移して初めて前に進み、そこから復興に向けての新しい突破口を切り開いていく意気込みを強く感じました。今回のツアーで触れ合った人と人とのつながりを通じ、これから企業(信用金庫)として、または個人としてできることは何かということを考えさせられました。

鈴木工業(株) 菅谷淳さん

今回参加させていただき、仙台の被災地とは違う復興への問題などを具体的に伺うことができ、また、被災された会社や復興商店街の長の方の熱意に触れられ、大変感銘を受けました。まさに、復興のために少しでも続けてできることを考え、実行していきたいと思います。

(株)エイチ・アイ・エス東北・北海道事業部 島崎裕介さん

復興に関して支援は必要だが、当事者の方たちも「自立」を目標にしてがんばっていらっしゃることが印象的でした。今後、南三陸での支援基金を立ち上げる予定ですが、被災された方々の主体性を尊重し、主幹産業である漁業の発展を応援させていただければと思います。今回の視察では、このような気付きを与えてもらう機会をいただき誠に感謝しております。

サントリーフーズ(株)東北支社 川田繁樹さん

関東や関西の人は、ガレキが片づけられた状況だけを見て復興が進んでいると思い違いをしている傾向があります。また東北産のカブトムシなども受け入れてもらえないなど風評被害も続いているようです。今回のツアーで見聞きした、被災地のほんとうの姿をみんなに伝えていきたいと思います。